私たちはなぜ料理するのか
- きらきらおばちゃん

- 17 時間前
- 読了時間: 2分
2026/7/5(日)
先日、表題をテーマにして、新潟食料農業大学主催のセミナーがあり、リモートでも良かったのだけど、大雨の中、会場で聴講した。
推しの比良松道一教授が「自炊塾」から発展した内容を話された。
そして、プチグループトーク。
リモートの方からもテーマについて投稿あり。
私は料理が嫌いでもなければ好きでもない。
面倒という気持ちは大いにある。
子どもが大きくなるにつれこの感情が強くなっている。
自分が食べたい物を作れば良いんだよ、とも言われているが、それだけだとまだ半分これらの感情がある。
でも私が作らないと誰も家族のために作ってくれないので、「義務」として作っています。
とグループトークで私は話した。
何人かの方や投稿にもそんな単語が見られた。
私だけじゃないんだ、とちょっと安心した。
そこで、比良松先生が。
「幸福度」は世界共通で調べられていて、同じ質問内容なんだけど、料理にもそれが当てはまって。
だから、料理での幸福度を調べたんですよ。
とおっしゃった。
自分のために、とか、興味で作る、とかでは幸福度が半分だった。
「◯◯のために」と、対、人への料理だと幸福度満点になったんだとか。
幸福度調査をしている人も、「こんなに明らかな差や成績が出るなんてぇ」と驚いていたそうだ。
でもそこには、反応、というものがあるからだろうと思う。
誰かが。
家族が。
夫が。
子どもが。
ジジババが。
お客様が。
「おいしい」とか「また作って」と言われたら、本当にうれしいもんね。
料理は、自分以外の誰かの事を思って作ると自分が幸せな気持ちになるから料理をする。
のだと認識した。
しかし・・・
今夜も我が家は誰も反応なし。
1時間以上掛けて作っても、10分で会話なく食べられ、反応なく片付ける光景。
は〜・・・






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